アーサー・フィドラーの旦那




中学から高校への時代には、当然、金が無いのでクラシックを聞くには苦労した。
この時代にはソノシートというものがあり、薄いビニール製のもので、
ドボルザークの新世界
ウエーバーの舞踏への招待
シューマンの飛翔・・・ピアノ曲ね。
リストの愛の夢

これらはソノシートで購入した。
17cmのLPでは長い交響曲は収まらない。
そこで、アンコール用の短い曲ばかり購入することになる。

そこで、お世話になったのがボストン・ポップス管弦楽団とアーサー・フィドラーの旦那である。
アーサー・フィードラーはマサチューセッツ州ボストンで生まれた。
父はオーストリア出身のヴァイオリニストであり、ボストン交響楽団に所属、母はピアニストという音楽一家であった。
1909年に彼の父は、彼をベルリンに送りヴィリー・ヘスの元でヴァイオリンの勉強をさせた。
1915年には、ボストン交響楽団にヴァイオリニストとして入団。彼はそこで、ピアニスト・オルガニスト・打楽器奏者なども勤めた。

フィードラーは、1924年に交響楽団のメンバーによる室内楽団ボストン・シンフォニエッタを立ち上げ、無料の屋外コンサートを始めるようになる。
1930年にはボストン・ポップス・オーケストラの第18代指揮者に就任し、半世紀にわたってその職を務めた。

50年もやってたのね。

1979年7月10日フィードラーはブルックリンで亡くなった。
85歳。フィードラーの死後、ボストン市では彼に敬意を表し無料コンサートの会場の前に彼の胸像を作った。




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by yuyuu-yano | 2013-11-15 22:00 | クラシック音楽
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