ポジションペーパー

今日は戦友に会ってきた。


前の大戦ではない。


冷戦でもない。


「貿易摩擦」と呼ばれた戦争である。


乱れ飛ぶのはミサイルではなく「紙爆弾」である。


「ポジションペーパー」といわれるものだ。


これは高等技術を要する爆弾で、


独り善がりの「ポジションペーパー」は、即負けを意味する。


敵陣に打ち込むのは「ポジションペーパー」でありながらも説得力を持つ文書である。


そのためには、まず事実、事実、事実。


有効なレトリック、時として直球をど真ん中に投げ込む胆力も必要になる。


 


私もある時期に、ポジションペーパーを、会社の近くの郵便局から国際メール便でせっせと送っていた。


この爆弾が、上手く開くよう、爆撃地に手を回してくれたのが彼である。


 


撃てば良いというわけではない。


撃たれる方も準備が必要なのである。


 


戦争が終わり、戦友は閑職に追いやられているように見えた。以前の元気が無い。


 


人はポジションペーパーしか書けないと思う。


自分の立場を無視して、話をしても誰も聞いてくれない。


そして、その立場とは利害関係の中に置かれている自分であり、イデオロギーや、なんとか主義なるものは立場に成り得ない。


 


自分の立場を明確にしない、如何なる論理も説得力は無い。


世の中には「良いポジションペーパー」と「悪いポジションペーパー」があるだけだ。


 


良いポジションペーパーは自分の立場を客観視できている。


悪いポジションペーパーは、自分の立場が不明確で「自分が何者か」すら書かれていない。でも、読めば、書いた人の立場が、誰にでもミエミエの文書である。


 


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by yuyuu-yano | 2009-10-14 23:50
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