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団塊世代が学校で習った「葉隠」

私は国語の成績だけは良かった。


昔、旺文社の試験なるものがあり、それが何だか分からなかったが、国語だけは全国で100番以内に入っていた。


そこで、私は国語の先生にとっては「ティーチャーズ・ペット」であった。そこで成績が落ちると「おまえ、弛んでるぞ」と教室で名指しで叱られ、拳骨が落ちた。


体育でもないのに、何故、拳骨なのか?それだけ期待されているということだったと思う。


 


ところが、国語の先生はほぼ全員が進歩的文化人ではなかった。日本の歴史と伝統を愛する守旧派であった。


 


国語の授業では作文の宿題が多く、私の作文は先生のお気に入りで、先生自ら朗読して、素晴らしいと褒めてもらっていた。


ある時、「生きる」というテーマの作文が出て、私が書いたものが、先生を喜ばせた。


「良く生きるには、如何に死ぬべきかを常に考えて、毎日を大切に生きることである」と書いたからである。


 


「これは葉隠ではないか。君は葉隠を知っているか?」と、先生は黒板に大きく「葉隠」の文字を書いた。


私は「葉隠」を知らなかったが「如何に生きるかは、如何に死ぬかを考えるべき」というのは、我が家の家訓のようなもので、常に両親から聞かされていたことを書いたまでである。


「日々、死ぬ準備をしておき、身辺を清浄にしておくべき」と祖先の事例をまじえて教えられていた。


私がそのように話すと、先生は頷き、黒板に「武士道は死ぬことと見つけたり」と大書した。


 


「この葉隠というのは、江戸中期佐賀鍋島藩により編纂された武士道の聖典であるが、君たちの生きるヒントになるから、今日は、この話をしよう」と言うことになった。


当時は学習指導要領などは、無かったのか、あっても先生方が無視していたのか不明だが、あらゆる先生の授業は、いつも脱線していた。


 


「これは、ただ死ねば良い良いう意味ではない。死ぬことを良いことだと言っているわけでもない。人皆生きる方が好きである・・・と葉隠にも書いてある。


君らもそうだろう。私も生きる方が好きだ。


しかし、戦場に出たら真剣勝負が待っている。


この時に、生に執着すると迷いが出て勝てない。


自分の名誉とか、失敗したら犬死だ・・などと考えると剣に迷いが出る。


こうした時は、さっさと死ぬ方につくことだ。うまくいくかどうかなど考えては駄目。その拘りが死を招く。死んだ気になり戦うことで、勝つ可能性も出てくるのである。


しかし、戦場に出て、そこで急に死ぬ気で頑張っても成功しない。日々の訓練が大切だ。


毎朝毎夕の修練でくり返し何度も死んでみて、常時死に身となって居れば、武道に自由を得、一生落度なく家職も仕果たせるものである。これを武道の大丈夫と言う・・・と葉隠に書いてある。


武士だけではなく、我々も、何時、死ぬかは分からないのである。何時、死んでも良いように身辺を綺麗にしておくことだ。そして、今を一所懸命に全力で生きよというのが、武士道の精神だ」


 


この話を生徒達は熱心に聴いていた。


団塊世代の受けた戦後教育なるものは、こういう側面もあったのだ。


by yuyuu-yano | 2012-08-14 11:34 | 少年時代
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