ハバネラ  「カルメン」より




ジョルジュ・ビゼーは1838年、パリに生まれた。
父は声楽教師、母はピアニストで、幼い頃から音楽に親しみ、記憶力が抜群であった。
9歳でパリ音楽院に入学し、19歳でカンタータ『クローヴィスとクロティルデ』でローマ大賞を獲得。
1861年にはリストの新作のパッセージを一度聴いただけで演奏し、さらに楽譜を渡されると完璧に弾いてのけてリストを驚かせた。
ビゼーはピアノの腕は素晴らしかったが、オペラ作曲家を志し、25歳のときのオペラ『真珠採り』を作曲した。
しかし、ビゼーは36歳で敗血病で死去したので、作品数は少ないのが残念である。
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# by yuyuu-yano | 2014-10-05 23:53 | クラシック音楽

カタコンバ付近の松 レスピーギ

「カタコンバの入り口に立っている松の木かげで、その深い奥底から悲嘆の聖歌がひびいてくる。そして、それは、荘厳な賛歌のように大気にただよい、しだいに神秘的に消えてゆく。」
カタコンバとは古代ローマでの初期キリスト時代の墓のこと。
信者たちの悲観と祈りに満ちた歌声が全オーケストラを駆使して描かれる。
後半にでてくる連続する5度のハーモニーでのメロディは、古代の教歌からインスピレーションを受けたと言われる。





レスピーギのローマ3部作の中に1つである「ローマの松」
森の石松ではなく、ローマの松である。
そのローマの松は、ローマの4つの松をテーマにした交響詩である。

その中の「カタコンバ付近の松」という曲だ。
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# by yuyuu-yano | 2014-10-05 21:51 | クラシック音楽

Every Good Boy Deserves Favour童夢




かつてジャケットのデザインは、レコードの購入を決める大きな要素であった。


LP盤は直径30cmあるから、これを収めるジャケットも大きく、そのデザインも十分に生きる。
1971年に発表されたムーディ・ブルースの「童夢」のジャケット。
これも当時、ジャケットを見て買ってしまった。

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ムーディ・ブルースは1964年に結成された英国のロック・グループ。
ビートルズ、ローリングストーンズ、ピンク・フロイド、フーもほぼ同時期に発足している。

ムーディ・ブルースはプログレのジャンルに入るらしい。
この思わせぶりのジャケットには、思わせぶりの歌詞の曲が詰まっていたが、
音楽そのものはナチュラルで、バック・グラウンドミュージックみたいに聞ける・・・・と言うことは「適当に上手い」ということだが。そういう意味で重宝なレコードだった。

その後、ムーディ・ブルースのことなど完全に忘れていたが、先日、アマゾンでこのジャケットを見つけて、CDを購入してしまった。
なんと連中はまだ演奏活動を続けていたのである。



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# by yuyuu-yano | 2014-09-29 23:49 | ロック

LEON RUSSELL マスカレード




彼を発見したのはテレビで見たロックの記録映画であった。
個性的なミュージシャンが次々に登場する中で、彼は、ひときわ特異に見えた。
特異な風貌の下には、極めてナルシスティクな少年が見えた。
しかし、彼はそれを客観視していた。
初期の彼のレコードは殆ど購入した。
しかし、彼のファンは少なく、密かに聞いていたのが実情である。

彼は結婚してから、全く別人になってしまった。
奥さんに夢中になり、そっちに引っ張られて行った。
それで、彼とは「さよなら」した。

マスカレード、すなわち仮面舞踏会である。
初期の彼を象徴するような曲である。
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# by yuyuu-yano | 2014-09-28 15:07 | ロック

ホステル



「ホステル」は、2005年に制作されたアメリカ映画。
アメリカからやってきた大学生のパクストンとジョシュは、バックパッカーをしながらヨーロッパ各地を旅行していた。
途中アイスランド人のオリーが加わり、3人組は毎夜派手に遊び歩いていた。
ある日、スロバキアにある田舎町に女とヤリまくれるホステルがあるとの噂を耳にする。
早速3人組はそこへ辿りつき、同室の女性2人と楽しい一夜を過ごす。
ところが翌朝、オリーが「帰国する」とのメッセージを携帯電話に送ってきたまま行方不明となってしまう。
パクストンとジョシュはこの状況に不審を感じ、オリーを探してみたものの見つからなかった。
2人はとりあえず、その日の夜はクラブに繰り出すことにした。
しかし翌朝、今度はジョシュまでもが行方不明になってしまう。

タランチーノが絡んだ映画であるが、彼が何をやったのかはわからない。
監督はイーラー・ロスである。

映画としては、とても良くできていると思う。
世界中の金を払って拷問・虐殺をしたいという者が、ある施設で、その究極の楽しみを味わう。
それが、医者だの弁護士、富豪などではない、ごく普通の人達であるのが凄い。
例えば「外科医になりたかったのに、なれなかった男」とか。
そして、最後の脱出・戦闘・復讐シーンは凄まじい 。
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# by yuyuu-yano | 2014-09-14 22:21 | 泰西映画

もう一つの「黒い瞳」 




ロシア民謡の「民謡」は、パブリックな歌の意味で、要するにロシアのポピュラー歌謡なんですね。
そのロシア民謡には、日本で「黒い瞳」と訳されている歌が2つあり、ややこしい。


前回のエントリーはジプシーの女性の「黒い瞳」に惹かれた男性の苦悩を歌っているのです。
ジプシーとは、エジプシャンのことらしい。
すなわち放浪のエジプト人。
実はエジプトとは関係が無い。今は「ロマ」と言うらしい。

ブラームスのハンガリー舞曲も、ロマの音楽を収集したものであり、ブラームスも自分の作品とはしていない。ブラームス収集の「ロマの舞曲」というらしい。

ロシア民謡の、もう一つの「黒い瞳」は、この曲。
聞いたことあるでしょ。
普通に「黒い瞳」をリクエストすると、この曲が出てくる。

新宿の焼き鳥屋の「ボルガ」で、バイオリン弾きの老人に、「黒い瞳をやってくれ」と頼むと、「どっちの黒い瞳?」と聞かれた記憶がある。

この「黒い瞳」は、中年女性が歌ってるのが多いが・・・・
「私、黒い瞳の若者(男)に惚れただよ」という歌だからである。
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# by yuyuu-yano | 2014-09-13 17:27 | 世界の音楽

Yana Gray Очи чёрные




ロシア民謡には「黒い瞳」という曲が2つあるので、ややこしい。
私が好きなのは、このジプシー音楽風の「黒い瞳」である。

タイトルの「黒い瞳」という言葉はここではロマ(ジプシー)の女性の煽情的な魅力の象徴として用いられており、その魅力に取り憑かれた男性の苦悩と激情がこの歌の主題である。
旋律もロマの音楽に特徴的なハンガリー音階に基づいており、ロシアのジプシー歌謡を代表する曲として親しまれている。

この歌を世界的に有名にしたのは、バス歌手のフョードル・シャリアピンである。
シャリアピンはこの歌に自ら詩を書き足してレパートリーに加え、革命後の1922年に出国して事実上の亡命者となってからは世界各地の公演で披露した。
これにより「黒い瞳」は、世界で最も有名なロシアの歌の一つとなったのである。
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# by yuyuu-yano | 2014-09-11 20:15 | 露西亜音楽