カテゴリ:世界の音楽( 53 )

もう一つの「黒い瞳」 




ロシア民謡の「民謡」は、パブリックな歌の意味で、要するにロシアのポピュラー歌謡なんですね。
そのロシア民謡には、日本で「黒い瞳」と訳されている歌が2つあり、ややこしい。


前回のエントリーはジプシーの女性の「黒い瞳」に惹かれた男性の苦悩を歌っているのです。
ジプシーとは、エジプシャンのことらしい。
すなわち放浪のエジプト人。
実はエジプトとは関係が無い。今は「ロマ」と言うらしい。

ブラームスのハンガリー舞曲も、ロマの音楽を収集したものであり、ブラームスも自分の作品とはしていない。ブラームス収集の「ロマの舞曲」というらしい。

ロシア民謡の、もう一つの「黒い瞳」は、この曲。
聞いたことあるでしょ。
普通に「黒い瞳」をリクエストすると、この曲が出てくる。

新宿の焼き鳥屋の「ボルガ」で、バイオリン弾きの老人に、「黒い瞳をやってくれ」と頼むと、「どっちの黒い瞳?」と聞かれた記憶がある。

この「黒い瞳」は、中年女性が歌ってるのが多いが・・・・
「私、黒い瞳の若者(男)に惚れただよ」という歌だからである。
[PR]
by yuyuu-yano | 2014-09-13 17:27 | 世界の音楽

モスクワ郊外の夕べ クレムリンの尖塔添え




「モスクワ郊外の夕べ」


これは戦後の流行歌です。


それにしても、クレムリン宮殿は魔法の国みたいですね。


b0302344_226457.jpg


b0302344_226412.jpg


[PR]
by yuyuu-yano | 2014-01-18 21:55 | 世界の音楽

ジプシーの血を引く歌手



ショッキング・ブルーのボーカルはMARISKA VERES である。
ハンガリーのジプシーの血を引く女性で、父親はジブシー音楽のバイオリニストである。

彼女はショックング・ブルーのボーカルになる前から活躍している。
ショッキング・ブルー解散後も歌手として活躍している。

ショッキング・ブルーはたまたまボーカルが兵役で留守になったのでスカウトされただけである。

しかし、ヴィーナスのヒットは彼女無しでは考えられない。
ショッキング・ブルーの男達は、エッちゃんの居ないチェリッシュのようなものだからである。
[PR]
by yuyuu-yano | 2013-10-19 18:21 | 世界の音楽

Phoebe Snow  Poetry Man





 


 


急に1975年の、このアルバムを思い出した。


Phoebe Snow


サンフランシスコ・ベイ・ブルースというアルバムに収められていた。


 


 


 


[PR]
by yuyuu-yano | 2013-08-07 00:05 | 世界の音楽

今夜はアグスティン・ララ





 


ララの旦那はメキシコの偉大なる大衆音楽作曲家兼歌手。


[PR]
by yuyuu-yano | 2013-07-25 22:42 | 世界の音楽

ジェッディン・デデンのピアノバージョンとトルコ行進曲





 


 Commented by kazk さん




ところで小生モーツアルトのトルコ行進曲がなぜ「トルコ」なのかわかりませんでしたが、ジェッディン・デデンのピアノバージョンが有りました。これを聞くとそうかと納得できる気がします。


 






 


確かに。


[PR]
by yuyuu-yano | 2013-06-06 22:17 | 世界の音楽

メフテルハーネ:トルコの軍楽隊





 


17世紀の終わりごろ、オスマン帝国の軍楽隊(メフテルハーネ)がヨーロッパに来て、当時のヨーロッパ人に強烈な印象を与えた。この軍楽隊は、管楽器と太鼓とシンバルとから成り、舞いながら行軍した。


 


オスマン帝国は15世紀に東ローマ帝国の首都、コンスタンチノのプールを陥落させ、滅亡させたが、その後も勢力は拡大するばかりであった。


 


モーツアルトなど、この時期の作曲家はトルコの軍楽隊の音楽にヒントを得た作品を多数、作曲した。


これらは「トルコ行進曲」と言われ、合奏ならば大太鼓、シンバル、トライアングルを含んだ。


[PR]
by yuyuu-yano | 2013-06-03 21:27 | 世界の音楽

ステンカ・ラーディンとコサックの悲劇





 


ステンカ・ラージンはコサックのアタマン(頭)である。


 


カスピ海に乗り出したラージンは、デルベントからバクーに至るペルシアのカスピ海沿岸を荒らし、ラシュトの中央市場では住民の大殺戮に及んだ。


1669年の春、スイナ島を収めたラージンは、7月にはペルシア艦隊を撃滅、ステンカ・ラージンは手のつけられない存在となった。


 

1669年、ラージンは再びアストラハンに現れ、そこで皇帝・アレクセイ1世の恩赦を受けた。


人々はラージンの活躍に魅せられていった。


アストラハンのようなロシアの国境地帯はまだ無法地帯で、人々はいまだに遊牧民的であり、ラージンの武装蜂起を受け入れるような環境が整っていた。


 


b0302344_05928.jpg


 


アストラファンのクレムリン


 


しかし、ロシア革命以降、ソビエト連邦は、コサックを反革命分子と見なし、スターリンも、レーニンのコサック根絶政策を忠実に継承した。


 


それにより、440万人のコサックの70%、308万人が、戦死、処刑、流刑死で抹殺された。


 


 


弾圧を逃れたコサックの多くは海外に逃れた後に、第二次世界大戦においてドイツ軍に協力した。


 


ドイツの敗戦でコサックは英国など連合軍の捕虜になった。コサックは共産主義陣営と戦うために共闘しようと申し出たが、英国はそれを拒否してソ連に送り返した。


 


そのため、コサック兵は全てスターリンにより、その家族を含めて虐殺された。


[PR]
by yuyuu-yano | 2013-05-04 18:31 | 世界の音楽

カリンカ 





 


長い間ロシア民謡と考えられてきたが、実際には、作曲家・作家・民謡研究者のイワン・ペトローヴィチ・ラリオーノフが1860年に作詞・作曲した作品である。


この歌の初演は、ラリオーノフが音楽を書いたサラトフのアマチュア劇団の芝居で、舞台上で歌われたものである。

 


 


[PR]
by yuyuu-yano | 2013-05-04 18:06 | 世界の音楽

カチューシャ

「カチューシャ」の歌は、古くからのロシア民謡ではなく、


第二次大戦中に作られた軍歌である。


反戦の歌ではなく、戦意高揚の歌である。


 


カチューシャの歌は、 第二次世界大戦においてソビエト連邦が開発・使用した世界最初の自走式多連装ロケットランチャー=カチューシャ砲にも関係している。


 


日本語の歌詞は、


 


林檎の花ほころび


川面に霞たち


君なき里にも、春は忍び寄りぬ


 


・・・・とあり、この君なき=君亡き


と解釈すると、反戦歌にも聞こえないことはないが、


ロシア語の歌詞は、亡きではなく、戦争に行って留守という意味である。


「カチューシャは村で待っているから、勝って帰れよ」


という歌である。


 


そのため、この歌は軍隊のイベントで歌われる。


 






 


 大観衆が振っているのは、白青赤のロシアの国旗である。 


 






 


ここでも、盛大に国旗を振っております。 


 


最後に映画の一場面で歌われるカチューシャ。


 






 


[PR]
by yuyuu-yano | 2013-05-02 21:46 | 世界の音楽