以前、自分の少年時代を回顧した、以下のエントリーがある。
http://yuyuu.iza.ne.jp/blog/entry/2615463/
この中で、以下の部分・・・。
何故、そうなのか? それは日本人を襲い来る者達が周囲に居るからである。 彼らの余りの横暴さに、怒った日本人が逆襲し、市街地で銃撃戦を繰り広げる事態が続いていたのである。 子供会が校区別に作られたのは、集団で登校と下校をするためだ。 登下校の途中で連中に襲われないようにすること。 そして、道草して知らずに「危険な場所」(連中の居住場所)には入ることがないようにする。 この2つが大きな使命であった。 「今日は襲撃される恐れがある」というような情報は警察から学校に伝えられる。 すると、先生は「気を付けて帰るように」と告げる程度の時もあれば、授業を中止し、早めに下校させる場合もあり、特に危険の場合は、先生達が竹刀で武装して、子供達を引率して下校する。 早期下校は小学校の2年頃までは時々、あった。 先生の護衛付下校は、一回あったことは間違いなく記憶している。先生達も常に臨戦態勢であり、戦後民主主義の花畑の住民は皆無であった。 しかし、この危険な時代は1960年を境に急速に終焉するのである。 私の世代が「危険な時代」を知る最期であり、2年違いの妹は、平安で民主的???な小学生時代を送っており、こうした話は知らない。 chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)---- この記事において「襲い来る者達」として、あえてそれが誰なのかを書かなかった。
先日、「ねずさんの独り言」の2010年1月のエントリーに拡散希望で以下の記事があったので、転載する。
なお、この記事のもとになっている動画は、You Tubeより削除されている。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-748.html
chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)chr(hex 45)--
「在日のタブー、朝鮮進駐軍」
※「朝鮮進駐軍とは:在日朝鮮人は日本と戦争をした事実は無いにもかかわらず、終戦と同時に「朝鮮進駐軍」を自称し、日本各地において婦女暴行、暴行、略奪、警察署の襲撃、土地・建物の不法占拠、鉄道の不法乗車等、横暴の限りを尽くした。
●終戦後 「朝鮮進駐軍」武装部隊が首相官邸襲撃●
戦後の在日朝鮮人は、なんの国際法上の地位もないにも関わらず、勝手に自分たちを「戦勝国民である朝鮮進駐軍」であると詐称し、三万人もの武装集団となって全国主要都市に出現し暴れまくった。
在日朝鮮人集団は、武装解除された日本軍の武器と軍服を盗用して武装し、勝手に「朝鮮進駐軍」と名乗り、無差別に多くの日本人市民を殺害した。
GHQの 記録に残っているだけでも四千人以上の殺害記録が残されている。戦後の治安が整っていない空白を良いことに、「朝鮮進駐軍」と名乗った在日朝鮮人は、土地の不法略奪、金品略奪、強姦、銀行襲撃、殺略、警察襲撃など暴れ放題の限りを尽くした。
「朝鮮進駐軍」と名乗る暴徒たちは、個々に部隊名を名乗り、各地で縄張りを作り暴れた。これら「朝鮮進駐軍」 元締め組織が「朝鮮総連」、ヤクザなどになっていった。 国有地も、都心駅前一等地周辺も、軒並み不法占拠した。そしてそのまま、パチ ンコ屋、飲み屋、風俗店等々が出現し、そのまま彼らの土地として登記され現在に至っている。
農家、農協倉庫を襲い、貨車を襲撃、商店街、国の食料倉庫も襲い、食料や商品を根こそぎ 奪って行き、それらは全て戦後の闇市で売りさばき、暴利で財を成したのは彼らであった。 財を成した彼らは分派し、政治組織として社会主義、共産主義組織へと発展し、政界にも進んだ。
「朝鮮進駐軍」と名乗る在日朝鮮人暴徒たちは、通りすがりの市民に言いがかりをつけ集団暴行をはたらく。 無銭飲食は当たり前、白昼に目に付いた婦女子を路上で集団強姦するなどを、日常茶飯事に繰り返した。 在日朝鮮人は「朝鮮進駐軍」部隊と名乗り、武装して、町をのし歩いた。 腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器を振り回しては、手当たり次第に日本人を殺傷、暴行し、略奪の限りを尽くした。
通りすがりの通行人の目つきが気に入らぬといっては難くせをつけ、無銭飲食をし、白昼の路上で婦女子にいたずらをした。
善良な市民は恐怖のドン底に叩き込まれた。こうした不良分子は旧日本軍の陸海軍の飛行服を好んで身につけていた。袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首にまきつけ、肩で風を切って街をのし歩いた。 警官が駆けつけても手も足もでない。
戦後当時の「朝鮮進駐軍」は今日の朝鮮総連本部である。
今の朝鮮総連となる「在日朝鮮人連盟中央総本部」
【昭和26年03月22日衆議院法務委員会】 【押谷委員】
お尋ねをいたしますことは、昨朝起りました朝鮮人による米兵に対する暴行事件であります。昨二十一日の午前三時半ごろに、浅草の千束町の朝鮮マーケット附近におきまして、六名の米兵が多数の鮮人に取囲まれまして、集団的に暴力を加えられて、一名は死亡する、二名は負傷する、自動車も破壞されるというような不祥事を起したのでありますが、わが国の講和を前に控えて、今日日本の置かれたる国際的地位などから考え、この時期を思いまするときに、まことに遺憾しごくな事件だと考えます。
終戦後の第三国人どもは本当に酷かった。 軍の兵器を盗んで来たらしく、三八式歩兵銃や南部式拳銃で武装し、小銃には着剣して強盗強姦傷害恐喝脅迫不動産窃盗、時には殺人まで、経済犯、実力犯を中心にあらゆる悪事を重ねていた。 銀座、浅草、新宿は朝鮮人、新橋、渋谷は台湾人に支配され、政府も警察も動揺し、手を拱いていた。戦勝国民は治外法権だったのである。 服部時計店や白木屋も米軍の酒歩(PX)に接収され、そこへ行けば食料に限らず物資は山ほどあった。日本人は買えなかったが。 そうした情勢に便乗し、朝鮮人は戦勝国民だの「朝鮮進駐軍」を僭称して堂々と闇商売を行い、派手に稼いでいた。そりゃ儲かるだろう。警察の検問を竹槍日本刀を振り回して強行突破したのだから(さすがに銃撃戦は挑まなかった模様)。 当時は物不足で、売る方は素人でも出来た。 彼等は日本人露天商を襲って商品を奪う。 それで警察が黙認して捕まえないのだから、こりゃあ損のしようが無い。 上野で朝鮮人経営の焼肉屋へ国税局査察部が査察に行った際、大金庫を開けて手を入れた瞬間を狙って二十人ぐらいで一斉に金庫の扉を押したものだから査察官は腕を切断されてしまった。
当時、あの辺は畜力として農耕牛を使っていたが、深夜、不良朝鮮人が侵入して来て盗み出し、河原へひいて行って屠殺した。牛はモウと言って泣いたので皆気付いたが、銃砲刀剣で武装しているので追う訳には行かなかった。 永年愛育し、慈しんで来た牛が悲しそうに泣きながらズルズル引き出され殺されるのを傍観するのは無念で耐え難かったが、手向へば殺されるのでどうにも出来なかった。 そうして利根川水系流域一帯の牛は皆、不良朝鮮人に盗まれ、殺され、闇市で売られた。 この辺へも、新聞紙に包んだ肉塊を売りに来たものだ。 家畜相手ならまだしも、人間に対しても、関東以西の大都市を中心に、日本中に灰神楽が立つような勢で数多犯罪を重ねた。 その最も著しい象徴的事例に、元文部大臣、後の首相・鳩山一郎氏に対する集団暴行・傷害事件がある。 翁が軽井沢の静養先から帰京しようとして信越本線の汽車に乗っていたら、例の「朝鮮進駐軍」が後から大勢、切符も買はず、鉄道員を突き飛ばし押入って来て、 「俺達は戦勝国民だ、おまえら被支配者の敗戦国民が座って支配者様を立たせるとは生意気だ、この車両は朝鮮進駐軍が接収するから全員立って他の車両へ移動しろ、愚図愚図するな!」と追い立てた。
年老いた祖父を理不尽に叩きのめされて怨まぬ孫も有るまい、いかに不出来な孫にせよ。孫共はこれを知らんのだろう。直後に総理大臣に成る程の大物でもかくのごとし。いわんや庶民におては 土地も屋敷も物資も操も、奪い放題であった。 闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、ことには、空襲や疎開で一時的に空いている土地が片端から強奪された。 今、朝鮮人が駅前の一等地でパチ/ンコ屋や焼肉屋を営業しているのは、皆、あの時奪った被災者の土地だ。 それでも警察は手が出せなかった。 ある日、警察は何月何日を以て廃止す、再び登庁するを許さず、と命ぜられれば、それ切り警察は消滅する。 七百万の大軍を擁した彼の帝国陸海軍ですら、左様にして両総長 両大臣以下、自然廃官になった。まこと敗戦は悲しからずや。 たまりかねた警察が密かにやくざに頼み込み「浜松大戦争」になった訳だが、「小戦争」は日本中に頻発した。 最後の頼みの綱は連合国軍であったが、遂にはその憲兵隊でも手に負へぬ非常事態に立ち至った。
この時、連合軍総司令官ダグラス・マッカーサー元帥の発した布告が、「朝鮮人等は戦勝国民に非ず、第三国人なり」と言い声名で、これぞ「第三国人」なる語のおこりである。だから、外国人差別用語なはずは無い。 何人にもせよ、敗戦国民以外を、声名発してまで差別なんぞする筈が無い。「第三国人」の語は、国際法に則って説いた技術的専門用語に過ぎない。
東京のど真ん中、銀座の交番に於いてさえ、朝鮮人を注意した巡査が複数の朝鮮人の襲撃を受け裸にされ警棒を尻に突っ込まれると言う乱暴を受けた。 当時の日本警察は拳銃の携帯が許されておらず、朝鮮人の横暴を止められなかった為、政府はマッカーサーに請願した。 これを受けて述べたのが、マッカーサーの「朝鮮人は戦勝国ではない第三者だ」と言う三国人発言である。 1950年にGHQは日本占領を終結し、解放し、実質的に戦後は終わったとされています。 その際に朝鮮人は日本籍を剥奪され、韓国籍として朝鮮に帰れと命令しました。 すると在日朝鮮人は、なにを履き違えたか「我々は先勝国民であり日本を統治する立場だ」と叫びだし、革命を叫んで、公共施設の不法占拠し火炎瓶や武器で武装して決起したのです。 警察も拳銃で対抗し射殺された人もでました 警察では対処できなくなり、GHQは軍隊の動員をして戦後初の戒厳令を敷いて朝鮮人による暴動を平定しました。
この戦後初の戒厳令が敷かれた朝鮮人動乱(正式名がない)事件は、日本の歴史からスッポリ抜けています。 死人も出ている事件なのに、日本の教科書には掲載されたことはありません。(日本各地で勃発しました、栃木や浅草などは戦場状態です)逆に朝鮮民族学校の教科書には差別と弾圧として掲載され教育されています。 勿論、被害者側としてであり、立ち上がったのは国籍条項と朝鮮民族学校の廃校に対する抗議としてであると述べています。 日本人として、在日朝鮮人への危機感は常に持つべきですね。
朝鮮半島を朝鮮を近代化させて、恩あるはずの我ら先人の日本人を集団で襲って、強姦強盗不動産窃盗と悪の限りを尽したのを皆忘れてしまったのか。 多くの日本人は、朝鮮人に襲われ、無念にも命を落とし、帰れなかった人は数知れない。 彼らの悔しさを思うと、日本人の敵朝鮮人に参政権という言葉は決して出てこないはずである。 このことを誰も伝えようとしないが、事実は決して消える物ではない。 朝鮮人の日本人に対する犯罪は、触れては成らない理由があるのか不思議な日本人達だ。
引用終わり
by yuyuu-yano
| 2012-07-07 11:32
|
by 矢野友遊 カテゴリ
全体 ゴジラ 宇宙戦艦ヤマト 007は殺しの番号 ハリー・ポッター バットマン ヴィスコンティ マリリン・モンロー ヘップバーン タンゴ シャンソン ボサノバ JAZZ 絵画 クラシック音楽 サン・サーンス アメリカン・ポップス 露西亜音楽 日本の音楽 世界の音楽 ロック 泰西映画 日本映画 国内出張・忙中閑有 東京 少年時代 祖国 伝統・感謝・祈り 悠々な生活 食道楽 社長太平記 インドシナ 露西亜 yuyuu動画 ショパン 未分類 以前の記事
2015年 07月 2015年 03月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 more... 最新の記事
記事ランキング
フォロー中のブログ
外部リンク
ファン
最新のトラックバック
検索
ブログジャンル
ブログパーツ
メモ帳
その他のジャンル
|
ファン申請 |
||