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江戸時代の伊勢参り

伊勢神宮の門前町には、赤福の本店がある。

本店で購入した赤福は、新幹線の中で売っているのより美味しい・・・気がする。

この木造の雰囲気が良い。

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十返舎一九の「東海道中膝栗毛」は、江戸の町人、弥次郎兵衛と北八の伊勢参宮の旅を描いた滑稽本である。

「入鉄砲と出女」を厳しく禁じるために各地の関所が設けられた江戸時代であるが、伊勢神宮への参拝だけはフリーパスであった。

江戸に人質になっている大名の親族が逃げないように、女性は自由に旅が出来なかったのだが、伊勢神宮参拝は許可された。それだけ伊勢参りだけは特別であったのだ。

「一生に一度は伊勢参り」

様々な国から、様々な職業人が伊勢に集まり、その旅の過程で様々な情報が交換された。



伊勢参りは江戸時代を通じて流行したが、特に60年に1回は大きなブームとなった。

その年は当時の人口の約1割強が伊勢参りをしたらしい(総人口4000万人の時代に約500万人)。

旅の途中の街道では「施行」が行われた。

伊勢参拝者には食物、草鞋、風呂などを無料で提供するのである。

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参宮歴史館「おかげ座」に、当時の伊勢参りの様子が人形により再現されている。



<精進落とし>

伊勢参りは庶民にとって、もう一つの楽しみがあった。

それは、お参り終了後の精進落としである。

参拝はあくまで清く、質素に。

一生に一度のお参りが済んだら、そのお祝いの出かけるところは・・・・・

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この女性は何故に立っているのでせう?

昔からそうだったし、今でも時々、見かける風景です。

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そして、これが精進落としの宴会。



日本のはもともと「SEXは罪である」という考え方は無く、秋の豊作を祝う祭りの後は、踊りながらタイプの異性を探して、気が合えば2人で消えて愛し合っていたようです。



同様に、主たる神社の近辺には必ず遊郭があったのです。






by yuyuu-yano | 2007-04-22 00:26 | 伝統・感謝・祈り
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